旧刊、新刊ガイド(極私的選択)

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司馬遼太郎、志水辰夫、他、様々な本を読む。バイク、車で遠出をする。ELT(持田香織)を聴く。
いい仕事をするよう努力する。友人と話す。様々な活動を通して考えます。
自己実現と、いい人間関係を目指して、いい本を紹介したり、されたりしていきます。
メルマガ版(無料)、 旧刊、新刊ガイドは11月22日(月)、発刊します。物好きな方、つきあってみるか、という方は登録してください。月2回ぐらいの発刊ペースです。月の第3週、木曜日には必ず発刊します。HP版・ガイドの更新案内もします。よろしくお願いします。

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歴史の細道(旧刊、新刊ガイド)、司馬遼太郎とELT
   
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旧刊、新刊ガイド 創刊号@ (04年11月22日号)

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   目次 
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◇このメルマガの主題
◇ご挨拶
◇「坂の上の雲」(司馬遼太郎)〜明治の人物考〜
◇ひとこと 「脳の研究」
◇更にひとこと 「明智光秀の謀反」
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【 このメルマガの主題 】

人生の目標が自己実現と協力関係を作り上げる事であるとすれば、現代は自己疎外
と利害関係の方向への誘惑が多い。自分のやり方にのみ、しがみつく硬直した心は、
同時に内面の葛藤に疲れて、行動はだらしなくなってしまう。逆に成熟した心は、
自信という形で安定し、更にいい方向へ、流動していく。
硬直とだらしなさから、安定と流動へ。傲慢と卑屈から、勇気と謙虚へ。
いい本との出会いは、自分の進む方向を少しずつでも、確実に成長に導いていく。
行き詰まり打開のきっかけにできる。
魔の手口を見抜き、その力ですら、転換し、自分のプラスのエネルギーにしていき
たい。
少しでも、そんな本を紹介できれば、また紹介してもらえればと、考えています。
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◇ ご挨拶

今晩は 赤石厚蔵です。よろしくお願いします。
これからまた、メルマガを発行していきます。某メルマガサイトが閉鎖をして、
しばらく休んでいました。今、言いたいことは、上のテーマにも記したことです。
大上段にテーマを掲げていますが、あくまで目標です。
時々、椎名誠さんばりの、バカ話になっても勘弁してください。
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◇「坂の上の雲」〜明治の人物考〜

「坂の上の雲」 司馬遼太郎・著 文藝春秋・刊 全8刊 1978年

これは、かつて会社の学校での、今年の夏季スクーリングで課題だったレポートです。
結構時間がかかり、自分では力作だと思っています(冷や汗)。
しばしお付き合い下さい。
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まず「坂の上の雲」という日露戦争を舞台にした物語のなかでの主要人物をあげて
みる。満州での戦いでは日本側、大山巌(満州軍総司令官)、児玉源太郎(大将、
満州軍総参謀長)、秋山好古(少将、騎兵旅団長)。ロシア側、クロパトキン
(極東陸海軍総司令官)
海戦では日本側、東郷平八郎(大将、連合艦隊司令長官)、秋山真之(中佐、
第一艦隊参謀)、ロジェストウエンスキー(バルチック艦隊司令長官)である。
「スタッフ(参謀)の役割とはどのようなものか」という命題については、
主人公の一人である秋山好古が、弟の真之に「参謀の要務というのは、円転滑脱
として上と下との油にならなければならない。功名を断じて顕わしてはいけない」
(第三巻、陸軍の章)で言っているとおりに、まさに調整力が要求される役割で
ある。

目標の明確化という点では、この戦争がロシア側がニコライ2世という専制君主
の領土欲という野心から「日本の猿を懲らしめる。」という気持ちから始まってい
るのに対し、日本側が祖国の防衛戦争という一点に絞られていた。そこから6分4
分で勝ちに持っていって、講和を結ぶ事のみに集中していた。その目標に政府、
陸軍、海軍が完全に一致していたから勝てたのだといえる。
情報収集力としては、秋山真之があげられる。彼は学生時代から海軍の戦術研究
を誰に頼まれるともなく続けていた。日露戦争時にはイギリスから情報を常に取り
寄せ分析をしていた。この間政府、外務省も第二次大戦中とは別組織と言えるほど
に情報収集をしていた。
では決戦を迎えた時にこうして集めた情報をどのように判断し、分析し、推測し、
実行していったのか。

児玉源太郎は、旅順要塞・203高地の攻防において指揮権を乃木希典から調整
力を発揮して一時預かった。そして伊地知参謀が「専門家」論を振りかざして無駄
としていた203高地の総攻撃を決定し、無理と言っていた二十八サンチ榴弾砲の
移動を軽々とやってのけた。そしてやっと旅順要塞はおちたのである。そこには
児玉の天才性があったと作者は言うが、児玉自身は「名誉ある勇士の死がせまっ
ている。それを救おうともしないのはどういうわけだ。」、「参謀なら心を動かし
て同時に頭を動かすべきだろう。頭の良否ではない。心の良否だ。」として乃木軍
の前線を見ようともしない若い参謀達を叱った。しかしその児玉自身も黒溝台会戦
では秋山好古の報告を甘く見てしまい危うく軍の大崩壊を招きそうになった。

海戦においては、秋山真之が知力の限りをつくして情報を集め作戦を練っていた。
このバルチック艦隊が太平洋、日本海・対馬沖のどちらかを通るのかという一事
ほど、判断力、分析力、推測力が試された時はなかっただろう。この戦いの神経
衰弱によって真之は「この一戦はまさに天佑にのみ導かれた戦いであった。」とし
て、精神的に心霊の世界へ行ってしまったほどだった。こうして参謀達が終わるこ
とのない問題に神経をすり減らしあわや、真之までが太平洋側にバルチック艦隊は
来る、と思った頃、東郷長官は「バルチック艦隊は対馬海峡を通る。」と断言し、
世界の戦史に不動の地位を占めるにいたった。
そして開戦。東郷長官は敵前回頭、「T字戦法」(秋山真之考案)によりバルチッ
ク艦隊を全滅させた。

秋山真之は「最初の三十分間だった。それで大局が決まった。」、「ペリー来航後
五十余年、国費を海軍建設に投じ、営々として兵を養ってきたのはこの三十分間
のためにあった。」と語った。東郷元帥は「海戦に勝つ方法は、適切な時期をつか
んで猛撃を加えることである。その時期を判断する能力は経験によって得られるも
ので、書物からは学ぶことはできない。」と戦後語っている。

以上です。

司馬遼太郎は、「この時代、秋山兄弟のような存在は特別ではなかった。もし彼ら
がいなかったとしても、また別の人間が、同じように懸命に戦ったに違いない。」、
「この日露戦争は、江戸時代の武士達の清透な倫理観支えられた戦いであった。
(降る雪や明治は遠くなりにけり。)という歌は、あの時代に生きた人間にしかわ
からない。」と語っている。

現代、豊かさと自由のある時代で、これを使いこなしていく人と、幻惑され流され
ていってしまう人がいる。次の時代の「倫理観」とは、価値、思想はどうなってい
くのか。かつて読んだ「国民の歴史(西尾幹二)」もそれが一つの大きなテーマに
なっていた。
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◇ひとこと 「脳の研究」

色々な少年犯罪が取りざたたれている。それは自己疎外と、人間関係の崩壊の行き
着く先に起こった事なのか。
最近の研究結果では、「脳の異常」という事も、原因の一つにあげられている。
たとえば、かつての、足立区女子高生コンクリート詰殺人事件の少年、それぞれに
脳に穴があいているなどの、異常があったというのだ。人間の心と体が一体不可分で
あるならば、脳がこんな状態では、社会生活に支障をきたすのは当然だ。さらに、
そういった不安定な脳の状態を更に強化してしまう情報が氾濫している。
ストーカーだ、幼児虐待だ、と騒がれているが、この「脳の異常」についてもっと
研究を進めて欲しい。自分も更に資料を集めていこうと考えています。
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◇更にひとこと 「明智光秀の謀反」

織田信長に謀反を起こした明智光秀。なぜ彼はあんなに無謀な反逆を実行したのか。
これはもう、さんざんに言い尽くされたテーマだが、もう一度確認したい。司馬遼
太郎の本では当然徹底的に分析されているし、また遠藤周作の「反逆、上下巻
(講談社)」でも取り上げられている。
明智光秀は、細川藤孝(元足利将軍家来)と並んで室町礼式に通じ、文武に秀でて
いた。軍略においても、あっという間に織田軍の方面軍団長に任命される程だった。
しかし羽柴秀吉(のち豊臣秀吉)とライバル争いをする中、「最後に上様の後を継ぐ
のは猿(秀吉)だ。」という事が、ある時点で決定的となった。
そこから、彼のノイローゼが始まる。「俺は佐久間親子(父子共に追放)のように、
上様に捨てられる。」、「ならば、やられる前に、謀反を起こせ。」とばかりに、
発作的に本能寺の変を起こしたというのが真相のようだ。
けっして天下への野心に燃えて盗ったのでない。事実、細川藤孝、筒井順慶などの
かつての幕僚にもなんの根回しもしていなかった。

そして、天王山の戦いでは、「 遅い。と、あとで秀吉はこの戦況をふりかえったと
き、光秀のために惜しんだ。気を察するところが、つねに秀吉より一歩ずつ遅かった。」
(新史 太閤記 下巻 司馬遼太郎) そして明智軍は壊滅した。
この時期、明智光秀は極端な寝不足に陥っていた。また、領国を信長に取り上げられる
ことから先への展望を失い、憔悴していた。本能寺から天王山まで、彼の能力
がこれほどまでに低下した時期はなかっただろうという。自慢の火縄銃の火縄すら、
無理な行軍でぬらし、撃てなかった。
たしかに、秀吉にもそんな時期があった。そのとき秀吉はどう行動したのか。
それは、まさに光秀とは逆の対応だった。1例では「信長に嫌疑をかけられた時に、
叱られるのも構わずに、宴会を繰り広げた」と、いうのがある。(また後で、詳し
く紹介します。)

自分の身に当てはめれば、今こそ、この不景気の直中で、
どう戦いを展開していくか。
光秀、秀吉の2人は、教えてくれている気がする。

                                ではまた   赤石厚蔵



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発行者: 赤石厚蔵
メール: rintarou08y05@mail.goo.ne.jp
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